ティア・フラワーズ





プロローグ





花。華。ハナ。
見渡す限りの、様々な花。
桜、梅、椿、紫陽花・・・季節を問わず、異色な組み合わせの植物たちが咲き誇っている。
そう。ここは季節関係なく全ての花が咲く不思議な島―――夢咲島。
この不思議な町で暮らす一人の少年は、その春の日に、ある少女とであった。
それは、出会いであり、再会。そして―――
これは、ある少年の淡い、恋の物語。




第1章 再開の時





「くぅ・・・あぁぁ・・・」
大きくあくびをひとつする。
眼が覚めると、いつもどおりの日常が広がっていた。
「ん・・・もう6時か・・・」
義理の妹との別れから8年。
妹が居なくなってから、俺、葛木 葉は早く起きるようになった。
元から両親がおらず、家族は義理とはいえ妹一人だけだった。
雪原家の一人娘だった妹もまた、事故で両親をなくし、家が近かったため、この家にやってきた。
妹にとって、俺が唯一のこの世にいる家族だった。逆を言えば、俺にとっても妹は、俺の唯一の家族であり、俺の全てだった。
だが。
義理の妹はやはり、義理であって、真の家族ではない。
親族が妹を引き取りたいといってきた。父でも居れば何か言えたのだろうが、親の居ない俺には反対する権限もなかった。

そして、別れの日。
今でも、その情景が鮮明に思い出せる。
「おにいちゃん・・・」
「いやだ、離れたくない!」
俺は、ただただ叫んでいた。離れたくなかった。ずっと一緒に居たかった。
そう願うのに、子供というものはとても非力で、運命には逆らえない。いや、きっと大人でも、運命には逆らえない。
「また、またいつか会えるよな!なあ!」
「うん・・ぜったい・・・ぜったい会えるよ・・・・!」
涙ぐみ、声が上ずる。泣かない、と必死に我慢するのに、目には自然と涙がたまっていく。
それは、妹も一緒だった。
「おにいちゃん・・・・また会った時、話す事があるの・・・聞いてくれるよね・・・?」
「ああ、ぜったい聞く。ぜったいだ!」
「うん。ぜったいだよ・・・!」
野太い、何かの生き物の咆哮のような音が港中に響く。
汽笛だ。船の出港の音。二人の別れの合図。
「あ・・・・」
二人の間が、広がっていく。
「ぜったい、ぜったい戻ってこいよ!約束だからな!」
大声で叫ぶ。妹はただただ泣きながらうなずいていた。
船は速度を増す。走る。しかし、海の上を進むそれに、追いつけるはずが無い。
息が切れる。でも、走らなきゃ。誰かが命令したわけじゃない。でも、ここで足を止めたら、二度と会えないかもしれない。だが、無常にも進むスピードは上がっていく。
船が、港の端から離れていく。少しずつ小さくなっていくそれに向けて叫んだ。
「約束だからな、―――美咲!」
船は、もう消しゴムほど小さくなっていた。


「・・・・・・・」
思い出して、少し悲しみにふける。
でも、もうそんな事はしなくていい。なぜなら。
妹―――美咲は今日、この島に帰ってくるのだ。
8年前。この日。この町で。俺達は別れた。
共に、再会を望みながら。いつか会えると信じて。
そして、今日。
美咲は、この島に、この町に、帰ってくる。
ただ、それが嬉しくて仕方なかった。
ふ、と口だけで笑ってみる。自分も素直じゃないなぁ、と思ってしまう。
ふと、時間を見ると、6時30分。いつもなら着替え終える時間だ。ちなみに、HRの始まりは7:00。
「おっと、ちょっと思い出にふけってたら遅刻までのカウントダウン終了寸前だぜ。」
俺は急いで仕度をし始めた。


「ふーっ、ぎりぎりセーフか。」
教室に飛び込んだ瞬間、チャイムが鳴る。ちなみに、自分の席は一番奥の中段の席だ。
入った勢いそのままに、イスに腰掛ける。
「おはようございます、みなさん。」
元気のよい挨拶が教室に響く。それに反応し、元気な声を生徒たちが返す。
その声に満足したのか、先生が微笑む。その笑顔に一部の男子がニヤついているのがわかる。
桜坂 巴先生。ウチのクラスの担任で、男子生徒の人気No.1の先生だ。
また、女子からの信頼もあり、よく相談に乗ったりしているようだ。
「さて、今日の授業は変更無しですが・・・」
今日はなにかニュースがあるようだ。皆が先生のほうに注目する。が、俺はボーっと窓の外を見つめている。
正直に言うと、このクラスは好きだが、特に何処が、というわけでもなく、なんとなく好きなのである。というか、学校が嫌いだ。
そのため、学校で起こる事なんて興味なかった。
「なんと!今日は転入生が来るんですよー♪しかも、このクラスに!」
オォーッ、やら、その子女の子ー?やら、可愛いのー?やら、しまいには、先ほどの男子に対して私のことは遊びだったの?!みたいな感じのよく分からない罵声まで聞こえてくる盛り上がりようである。
「はーい。みなさん。静かに!」
先生の一声。そのお世辞にも大きいとはいえない大きさの声で、クラス中から聞こえる声がぴたりと止む。
なにか、洗脳術でも使ってるんじゃないかと思ってしまう今日この頃である。
「えーっと、転入生は女の子です。みなさん、仲良くしてあげてくださいね。」
はーい、と元気のいい声がいたるところから聞こえてくる。
しかし、転入生とは誰なのだろうか?とりあえず、妹ではない事は分かる。妹は今日の夜に来るといっていたからである。
というか、もし来ているのなら朝のうちに会いに来ているはずである。
なにせ、あの頃と、家の位置は変わっていないのだから。
「・・・・・・・・・」
少し感慨にふけっていると、先生が転入生を招きいれていた。

入ってきた少女の顔を見て、唖然とする。

その姿は―――

「初めまして、雪原 美咲です。よろしくおねがいします。」

―――妹のものだったからだ。

妹のもの、というか、妹そのものなのだが。
「じゃあ、席は・・・空いている、葛木君のとなりでいい?」
「え?葛木?」
妹が、驚き、聞き返す。
「ええ。葛木君だけど・・・どうしたの?」
「あ、いえいえ!なんでもありません!」
そういうと、妹はまっすぐこちらに向かってくる。
そして、俺の前に立ち止まる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに見つめあい、何も言わない。というか、何もいえない。
言いたい事があまりにも多すぎたからだ。だが、とりあえず、この言葉を言う事にした。
「どうして・・・・今来たんだ?」
「早く・・・会いたかったから・・・急いできちゃった。」
急ぐってレベルじゃないだろうに・・・
そして、また、見つめあう。
「・・・・・お帰り、美咲。」
「ただいま、お兄ちゃん。」
そう、互いに言い合う。そうしてやっと、妹が帰ってきたのだ、という実感が―――

「お兄ちゃん??!!」



・・・・嫌というほど湧いた。気がした。
というか、先生まで驚いている。どうやら、自分のクラスの子の事情を知らないらしい。

かくして、俺は無事に、妹との再会を果たしたのだった。完。

・・・・・いや、まだ終わんないけどさ。


HR後、定番の転入生への質問タイムっぽいのが始まった。が、少し違うのはそれに俺が巻き込まれている、ということだ。
いろんな奴らが「妹さんを僕にください」とか、「いや、ぜひ俺に!」とか言ってくるので、そういう奴らはとりあえず殴る。
「な、殴ったね!おや・・・」
なんか、著作権的にやばそうな気がするので、もっかい殴る。もっかい、というか、黙るまでだが。

そんなこんなで、放課は終了。その後もこんなのが続き、昼休みになった。
「おい、食堂行くぞー。」
美咲を呼ぶ。たぶん、あいつの事だ。弁当は用意して無いだろう。
「あ、うん。」
女子のクラスメイトにごめんね、と一言言って、美咲はこちらについてくる。
「女子と食べたかったか?」
なんとなく、聞いてみる。この年頃なら、兄といっしょに行動するのも恥ずかしいだろう。
「ううん、いいよ。久しぶりだから、二人で食べたいし。」
「そうか、ならいいけど。」
行く途中で、場所の説明なんかをしつつ、食堂に到着する。
「さて、何が食いたい?」
そう言い、イスに腰掛けると―――

頭の上に、何かが覆いかぶさってきた。

「うわっ!」
美咲が、驚いて声を出す。が、俺にとってはよくあることだ。
「星降先輩・・・それ、やめてくださいって言ってるでしょう?」
星降 初音。俺の所属している、弓道部の先輩だ。ともかく無口で、行動がよく分からん。
「・・・・・・ヤダ。」
先輩が、部の後輩全員にこれ(頭の上から身体を被せてくる)をやるわけではなく、俺だけにやるらしい。なぜ俺なのかは、わからんが。
ふと、先輩の目が、俺の前の美咲に行く。
「・・・・・・彼女?」
妹の前での第二声がそれですか。とりあえず、美咲と先輩(主に美咲)が混乱しないように、二人に説明する。
「そ、そーなんだ・・・」
美咲は、なぜか少しギクシャクしながら納得した。先輩はというと―――
「ふーん・・・」
あまり、興味はなさそうだ。 まあ、せっかくの機会だ。食事の誘いでも出してみる事にする。
「先輩、せっかくだから、いっしょに何か食べませんか?」
「・・・・・葉のおごりなら食べる。」
「さいですか。」
結局、俺は自分の分と、美咲の分、さらに追加で先輩の分の食券を買わされた。



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