月明かりの幻想曲 −ファンタジア−




「・・・・・・・」
闇の中で何かが蠢く。漆黒の中、そこの部分だけが、やけに黒い。
正に、深淵。暗黒のなか暗闇のようである。
だが、一瞬で、その闇は消える。残ったのは、いつもと変わらぬ、夜の闇。
始まりまでは、まだ遠い。




「ふ・・ぅぅ・・・んん」
目が覚める。まだ半開きの目を開けると、いつもと変わらぬ天井があった。横を見ると、飼い猫のシトラスがまだ眠っていた。
シトラスは自分が生まれた時から家にいた。シルバーの毛を持ち、眼はきれいな翠。
「おはよ、シトラス。」
きれいで艶やかな毛を手で何回かなでたあと、部屋を出ることにした。

洗面所で顔を洗う。同時に、髪の手入れも。
長く、きれいな髪をクシで丁寧にとかしていく。もう一度上へ上がり、着替えを済ませる。

ダイニングへ降りてくると、母さんが寝ぼけた眼をこすりながら挨拶をしてくる。
「おはよー、さくらちゃーん・・・」
「おはよう、母さん」
母と一言会話し、台所へ。手早く食パンと野菜を取り出すと、適度なサイズに切り、サンドイッチを二人分つくる。
「はい、どーぞ。」
「ふにゃ・・?いただきます・・・・」
はむはむ、と特殊な擬音を立てながらサンドイッチを貪る母を見ながら、こちらもサンドイッチを一口。
「うん、おいしい」
まあ、サンドイッチなのだから普通においしくて当然なのだが、そこんところはおいておく。
手早く準備を済ませると、ドアを開けた。
「じゃ、いってきます。」
「うん。いってらっしゃい♪」 いつのまにか完全におきた母が見送ってくれた。


ボク、白銀 咲羅(しらかね さくら)は、平凡な高校2年生である。ただ、普通の高校生男子と、少し違いがある。それは――

少女にみえる、という事だ。
髪は曇りのない、晴れの青空のような蒼色をしている。長さは腰より、少し上くらいである。
顔立ちも女々しく、背も低い。女子の平均身長と同じくらいである。
女子の制服を着れば、普通に通えそうなぐらいである。
(何でこんな姿で生まれたのかなぁ・・・)
時々そう思う時もある。こんな外見をしているのだから、当然クラスメイトが面白がって女装とかさせるわけで・・・
「はあ・・・・・・」
思わずため息が漏れる。しかし、ここでブルーな気分になっていても仕方がない。
ボクは少し歩調を速めた。



第一章  非日常な日常の始まり




学校に到着したのは「7:00」だった。HRの始まりは「8:00」。まだまだ時間はある。
とりあえず、教室に入ると、一言挨拶をする。
「おはよう。」
「あ、白銀くんおはよー」
「よ、おはよ。」
目の前にいるのは、このクラスの学級委員長、丸峰 乃々華(まるみね ののか)と、悪友の遠崎 隼人(とおざき はやと)である。
「ってか、なんで隼人君がいるのさ?万年サボり魔なのに」
毎度毎度の疑問である。学年順位では下から数えたほうが早い隼人だが、なぜか学校に来るのは7:00より前なのである。
「んあ?ああ、家にいても暇だしな。やることないし、早く来てるだけだよ。」
「それなら、勉強でもしてればいいのに・・・」
委員長があきれたように言う。まあ、その意見には同感だけど。

その後、しばらくの間3人で雑談をした。ふと周りを見ると、10人ほど人が教室内にいた。時計を見ると、「7:36」。他のみんなが登校してくる頃だ。
「あ、そうだ。」
話していた委員長が突然机からファイルを取り出す。
「白銀くーん、宿題は?」
「あ・・・・・・」
そうだった。今日は英語のノートをやってくるように言われていたのだった。
最近忙しい事が多く、宿題はほとんど休む形となってしまっていた。
「ごめん、いいんちょう。今日、宿題やってないんだよね・・・」
苦笑しながら言う。いつもなら、「しかたがないなー、次は出さなきゃダメだよ?」と注意をするのだが・・・
「ふーん、そっかそっかー♪わすれちゃったのかー♪」
やけに上機嫌に言う。コレは、とてつもなくいやな予感がする。
「え・・・いいんちょう・・・?」
「わすれちゃったのなら、しかたがないなー♪」
ゴソゴソと、バックの中を探る委員長。
と、いうか、いやな予感しかしません。
「今月の始めに言ったこと、覚えてる?」
「へ?いや、覚えてないけど・・・」
なんか言ってただろうか・・・。特に連絡なんかはなかったはずだが・・・・・・
「あ、あったあった〜♪」
委員長がバックから取り出した物、それは――――

制服だった。女子の、である。

「・・・・・・・・・は?」
何も理解できない。コレを見せてどうしろというのだろうか。ってか、なんで持ち歩いているのだろう。
「私はちゃんといったはずだよ?『今月中に十回以上宿題を忘れたら女装してもらう』って。」
「!!」
そうか。ようやく理解できた。彼女が制服を突き出している意味が。
「え、い、いつ、いったっけ・・・?」
「今月の始め♪」
「ええ?!き、聞いてないって!!」
青ざめながらの必死の反論。しかし、そんな言葉を聞くはずもない
「でも、私はちゃんと言ったよ。聞いてないほうが悪いんだよー。さ、着替えに行こうか♪」
首根っこをつかまれる。そしてそのまま、教室の外へ引きづられていく。
「ちょ、や・・・・って、見てないで助けてよ、隼人君!!」
悪友へと助けを求める。誰でもいいから、ヘルプミー!
「んー?・・・・・・・面白そうだから、オレは放置の方向でいこうと思う」
「ばかーーーっ!!」
やはり彼に助けを求めたのがダメだった。
「さあさあ、おとなしく着替えようねー♪」
楽しそうな委員長。
「達者でなー。」
ニヤリと笑い、完全放置の隼人。
「いっいぃやぁぁぁああぁぁぁーー!!!」

公舎内に、ボクの絶叫が木霊した。


結局、ボクと委員長が帰ってきたのはHRのあとだった。正直言って、HRとかもうどうでもいい。
「きゃー♪」
「かわいー♪」
「白銀、おまえ・・・!!」
「白銀、すげえよ。お前やっぱすごいよ・・・!」
口々に感想を言うクラスメイト。なんで誰も「嫌がってるじゃないか、やめてやれよ」とか言ってくれないのさ・・・。
ああ、世界なんて滅びてしまえ。
「う、うぅぅ・・・」
涙目になりながら委員長をにらむ。すっかりご満悦のようだ。
「ひ、ヒドイよいいんちょう・・・・なんでこんな格好・・・・」
「忘れ物をした白銀君が悪いんだよ?」
一刻も早くこんな状況を抜け出したい。と、ちょうどいいところでチャイムが鳴る。
「なに騒いでるー?さっさと席つけよー。」
けだるそうに入ってきたのは錬金の斉藤先生だ。一人称はオレ。教頭、なのにいつもけだるそうにしている。仮にも教頭なんだから、もうちょっとしっかりしてほしいです、先生。
ちなみに錬金とはもちろん「錬金術」のことである。この世界では錬金術は一般的に普及している。学校の教科書にも載っているくらいだ。
・・・・世の中変わったなあ・・・・錬金術なんてものが普通になるなんて・・・
各自不満を漏らしながら散っていく生徒達。とりあえず一安心だ。
「ん?白銀、お前なんて格好してんだ?」
「え?あ、いえ、これは・・・その・・・」
先生がボクの格好に気づく。必死に弁解する。が、先生はあんま理解してないようだった。
「んー。まあ、弁解はいいから、席に付け。あと・・・」
許しを得れた事にホッとしたが―――
「今日一日、お前着替えるの禁止な。教頭命令。」
一気にテンションが下がった。もちろん、周りのテンションはうなぎのぼりである。
「はぁ!?ちょ、待ってくださいよ、先生!なんで着替えちゃいけないんですか!!」
「ただ単純に面白そうだったから。あ、コレ教頭命令な。絶対だぞ、絶対。」
がっくりとうなだれるボク。先生、職権乱用って知ってます・・・?
とりあえず、最悪な一日だ、と、いまさらな事を思っているボクであった。


「はあ・・・・・」
思わずため息が漏れる。無理も無い。
あの後、「着替え」という逃げ道を失ったボクは、その後の数学、理科、そして体育の授業も女子の制服(または体操服)で受ける事となってしまった。
「次回からは、宿題ちゃんとやろう・・・」
と、いうわけで。今ボクは人目を避けながら女子の制服姿で家へと向かっている。
なぜ着替えないのか、という質問だが、この制服のどこかに発信機と赤外線レーザーの感知器が設置されており、勝手に脱ぐと服が爆発する仕組みになっている(らしい)。
「いつの間に用意したんだ、そんな器具・・・」
一回脱ごうとして服に手をかけたら「ピィーーーー」という電子音が鳴った。とりあえず、嫌な予感がしたのでやめたのである。
まあつまり、家に帰るまで脱げない、という事である。幸い徒歩通だったので、電車やバス内でこの姿をさらす事は無かった。
「さて、家まで来たけど、この姿。どう言い訳しようかな・・・」
新たなる決意と、新たなる悩みを胸に、ボクは慎重に家のドアを開けた。


その日は幸運な事に母親、義理の姉ともに遅くに帰ってくるらしく、家にはまだ誰もいなかった。
一人で夕飯(ホワイトソースハンバーグのブロッコリー添え)を作ると、ボクは自分の部屋で本を読み始めた。
静かな部屋に響く、チクタクという時計の駆動音と、本のページを送る音。
ただ本を読んでいるだけなのに、時間が止まっているように感じる。ボクはこの感覚がとても好きだ。
ふと、時計を見る。「1:26」。かなり時間がたってしまったらしい。まだ手をつけてなかった分厚い本も、もう半分が終わっていた。
「ふう・・・」
息抜きに、とコンビニへ向かう。特に買う物は無いけれど、夜の空気を吸うだけで気分転換にはなる。


適当に商品を見て、コンビニから戻ってくる途中の公園で、見覚えの無い少女が杖をかざしているのが見えた。
(・・・・・・・?なにしてるんだろう・・・)
少女は杖を上へと掲げる。少女が何かを呟く。そして―――
「・・・・・・っ!!」
杖の先端から炎が燃え盛った。何も無いただの杖である。
何かの仕掛けがあるようにも見えなかった。
(錬金術?いや、何もない空間からの錬金術は理論的に不可能なはずだ。となると、コレは・・・)
錬金術は「奇跡」に近い。だが、本当の「奇跡」ではない。錬金術とは、人類の「技術と科学の集大成」なのである。つまり、人知を超えた事はほとんど不可能だ。
この場合はどうだろう。何も無い空間から、炎を生み出す。種火も、粉、液体も無い。そんな事は錬金術でも出来るはずが無い。つまり、これは・・・
「魔術・・・?」
「魔術」―――それは人の手で成し遂げる事の出来る「奇跡」である。
(それにしても・・・・・・きれいだ・・・・・・)
その炎は、復讐とか怒りを含んだ物では無い。ただ純粋に、気高さを感じさせる、透き通るオレンジ色。

バキッ

(!!)
前に意識を集中させていたせいか、足元の木を踏んで、音が出てしまった。
「!!そこにいるのは誰ですか?!おとなしく出てきなさい!!」
少女が怒鳴る。まだ幼げな声だ。だがしかし、その声には確実に殺気と焦りがまとっていた。
どうやら音の出た方向で場所を特定したらしく、こちらへと向かってくる少女。じりじりと距離を詰めてくる。しかし、ボクは身動きひとつ出来ない。
「かな・・・し、ばり・・・?」
「ええ。正確には『影踏』ですけど。」
どうやら、こちらの動きが止められているのは間違いないらしい。コレも魔術なのか?
「く、っそ・・・!」
「無駄です。ただの人間に影踏が破れるわけがありません。さ、おとなしくその顔を見せなさい。」
とうとう、目の前に少女がやってきた。全身の硬直が解け、その場にしりもちをつく。
「ふむ・・・なかなかにかわいい顔をしていますね・・・」
こちらをジット見つめる少女。ふむ、と唸り、何かを迷っている。
「よし、決めました。」
「?」
こちらには何のことなのか理解できない。いや、理解できたらおかしいのだが・・・・・・
「あなたは魔術を見ましたね?」
「は?え、ええ・・・」
簡単な質問。先ほど見たのが、魔術だというのなら、答えははいになるだろう。
「そうですか。では、しかたがないです。」
少女はちっとも残念そうにはせず、むしろ喜びながら問いかけてきた。その意味不明な質問を。

「死ぬのか、魔法少女になるのか。どっちがいいですか?」

「・・・・・・は?」
全くもって、意味不明だった。何を言っているのか分からなかった。
「魔法使いの世界では、魔法使いである、という秘密がばれてしまったら、その人を殺すか、魔法使いにさせるか、しかありません。しかし、あなたを殺すのは少し気が引けます。そこで、です。あなたを魔法少女にしてしまおう、というわけです。」
「は?!ちょっとまってよ、殺すとか死ぬとかはいいとして、なんで魔法少女なのさ!!」
死ぬ、という選択肢の意味は理解できた。もともと、魔法使いは秘密の姿。秘密を知られてしまったら、殺すしかない、という発想から来た選択肢であることも。ああ、なんと短的な発想なんだ。 しかし、魔法少女は理解できなかった。魔法使いには幾つかの分類がある。「魔法使い」「魔導師」「魔法少女」「召喚士」などである。
その中でも「魔法少女」は、少女の魔法使いの別の言い方のことである。あえて分けるのなら、肉弾戦等を行う事ぐらいである。
ちなみに、ボクは男だ。拒否する権利はアリアリだ。
「なんで、ですって?わかってませんね。」
はあ、とわざとらしくため息をつき、あきれたような表情を浮かべている少女。不思議に思い聞き返す。
「な、なにをさ・・・?」
「いいですか?魔法使いは大抵代価を求められます。「魔法使い」は「身体」。魔法を使うごとに、体を蝕まれていきます。「召喚士」は「魂」。仮にも生命を呼び出すのですから、対価として魂をささげなければなりません。そして「魔導師」は「心」。魔法を使うたびに魔道書に意識を奪われていきます。つまり、どんなにあがいても命が尽きてしまうということです。何もしなくても、ね。」
少女が語った事は確かに重要な事だった。「魔法」とその「代価」。確実に蝕まれていく「命」。それが魔法使いの宿命だ。
「しかし、魔法使いのなかで唯一代価を必要としないのが「魔法少女」です。ま、その代わり、敵と戦ってもらいますが・・・・・・。そういった代価の事を含めて、わたしは魔法少女になれ、といっているんです。別にわたしの趣味ではありません。何もしてないのに、命が削られていくなんて、いやでしょう?」
「・・・・・・」
たしかに、それには同感だった。そんな死に方は、一生したくない。
「さ、どっちがいいですか?ここで命を散らすか、魔法少女となり敵と戦うか・・・・」
「ボクは・・・・」
決断を迫られる。
「ボクは・・・・」
「ふふふ。」
少女が笑う。こちらへ来い、といざなっているようだった。


「ボクは、死を選ぶ!!」
大声で叫ぶ。命がほしい、普通の人ならとらない選択肢。
「そんなことするなら死んだほうがマシだ!」
暴れるボク。女装をして、敵と戦えと?そんな事をするなら、手足を拘束し、崖から投げ捨ててくれた方がまだマシだ。
ボクはきっぱりと少女の推薦した選択肢を断った。しかし、少女は笑い続けている。
え、なにそれ?自分で選択肢出しといて、予想と違う選択をしたら、そっちの選択肢削除?それって詐欺とかに入るんじゃないんですか?
「とりあえず、えい♪」
「ふ、ふぇ?」
意表を突かれたボクは反応する事が出来ず、その手をいつの間にか取り出した「契約書」に触れさせてしまった。
「あ・・・」
「ふふ、契約成立♪」
少女は満足したように立ち上がると、紙を渡した。
「契約は成立しました。あ、自殺はどうやってもできませんから。あと、コレは家の住所です。あした、学校休みですよね?変身と変身解除について教えるので、絶対来てくださいね♪」
それでは、といい少女は暗闇へと消えていった。
残されたのは、ボク一人。ボクただ一人が、無人の公園で立ち尽くしている。
「そ、そんなぁぁー!!」
ボクはしばらくの間、その場にうなだれていた。

改めて言う。
今日は、本当に、最悪だ。

こうして、ボク、白銀咲羅は、はれて魔法少女となってしまったのだった。
全く嬉しくないけどね。ああ、本当に世界よ、滅びてしまえっ!



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